今、此の時代(2022)世の春を謳歌している国々は、世界中どこを探しても皆無だと思うのだが、特に疫病(コロナ)の蔓延、戦争(ロシアのウクライナへの侵略)、天変地異(日本の東北大震災を初めてとする、世界的規模の自然災害、大量殺人)等、挙げれば限がない。その影響は筆舌に絶する所があるのだが、嘗てわが師戸松慶議は最晩年、「我々幾ら努力しても世の中が改まなければ天災地変が起るであろう」と、預言していたのだが、そのようになってしまった。これ等を人間社会・世界人類への驕りへの〝天罰〟としたならば、我々はこのような警告を起死回生として、『全世界大維新』への第一歩を、踏み出さなければならないと思考する。これは、人間社会だけでなく、地球全体の生きとし生ける、動植物をも抱き込んだ解決を図らなければならない、〝万物霊長〟たる我々一人ひとりの使命と責任である。
人類の神性的躍進
彼の、国家社会主義者を唱えた北一輝は、「人類の神性的躍進」を唱え、「類人猿から類神人」と、何処までも神の近くへ飛翔せよ、とばかりに二、二六事件(クーデター未遂事件)の主謀者として暗躍したのだが、刑場へと露消えた。そこで、学ぶとは真似ると云われるが、この度の項では「「北一輝」(革命思想として読む)を上梓された古賀暹(のぼる)氏の著書から引用して、論じて行きたいと思う。北一輝のイメージとして、多くの人々は二、二六事件のイデオローグであったとか、色んな見解が取り沙汰されているのだが、当時付けられた「魔王」と呼ばれていた事からも、何か黒いイメージがついて廻る。着ている服や、義眼だった事もあって膨らんだと思われる。
筆者の知っている不確かな情報では、大本教の出口王仁三郎が、東に行くと偉人が居ると謂う事で、当初誰かの紹介で大川周明と会ったそうだが、出口は違うと云って片目の人だとカブリを振り、やっと北一輝に会う事になった。そして、北の前で対座するや否や、出口は震え上がったそうである。本人は当時、教派神道・大本教の数十万人を率いる日本最大の巨魁である。一方は只一人の思想家。この出来事を知るに及んで、筆者は教祖になるより思想家を志そう、と意を決したのであった。併し乍ら古賀氏の著書で、北が出口にカネの無心に来た、と謂う真相を知るに及んで、動揺を禁じ得なかった。此れは又、思想の項で論じねばならなるまい。尚、北は出口に「自分は、建て替えをやるから世直しは出口さん頼みます」と、言っていたらしい。
話題を変えるが、「鋭い牙も爪も持たない人類が、他の肉食獣に打ち勝って生存できたのは、その団結力が出発点であった」として、本能的団結力が強調される。そして、原始社会を『実在の人格である国家』の一つとして位置づけ、主体であるのは国家なのであり、個々の人間はこの国家に従って、行為する部分に過ぎない。それは、群れを成して動く動物のようなものであり、個々の動物が群れに従って動くものと同じだと謂う。それでは、どのような論理で進化論に依拠し乍ら、世界連邦なり世界国家を論理的に導き出そうとしたのであろうか。茲で北が持ち出して来るのは、人類と謂う大きな概念に於ける同質性である。人類を「他の種族に対して、完き優勝者たらんが為に進化して来た。如何なる人種であれ、人間は社会的動物として相互援助を行い乍ら、他の生物種族に対して勝ち抜いてきた存在である。その進化の途上に於て、社会進化を遂げて今後も進化の道を歩むものとしての人類である。」
人間を社会的動物なりとする北は、人間とは個々の個体だけを実体(単位単位)とはとせずに、群れや集団をも一つの単位と看做す存在だとする。「文明人は、天地の始めより文明人に非ず…野蛮人と雖も文明国人と称せるものと雖も、其の小児を捉へて野蛮人部落に置けば、全く野蛮人として停滞すべし。」『人は只、社会によってのみて人と成る』又、云われる言葉に「箱入り娘も一度は江戸に出せ」というのも頷ける。北の場合には、社会主義、世界連邦という目標が先にあり、その為の前提条件として「国家の独立」――「個人の独立」が問題とされるが、日本の思想史に於いては殆んど誰も居なかった。現在アメリカの手の中にいる日本人には、判らないのかも知れない。北は個人を実体とし、それら個人の「契約として国家を考える、近代的世界を否定し、社会を第一次実体とする、社会有機体論に基づく国家論から出発した。
扨て、樹木を引っこ抜いてしまえば、森は存在しない。だから、実在するのは個々の樹木であって、森ではない。此れが近代以降主流となっている、個人主義の立場である。これに対して森に実在を見る立場は、個々の樹木を多少切り倒した所で、森は森であり、他の樹木との共生によってのみ、生存し得るものを含んで成り立っている。従って樹木と謂う物を個別的に取り出して、問題にする事は出来ない。森と謂う全体の中で始めて樹木は樹木であり得るのだ。此れが第一次実体「類」に見る全体主義の立場である。これは考えるに、人体で云えば「指」が個人で、「手」が家族で、「腕」が所属している会社や団体で、「身体」が国である…と謂う自説と同じような気配がある。
北一輝の、社会運動論の啓蒙主義的な根源は、人間社会全体を「社会と云う大なる人体の生き物」として把握している事に求めれよう。喩えれば蟻や蜂の社会の様に、或は人類社会のように、「個人と社会は同じもの」なるが故に、社会主義に止揚される方向に進化すべきものであり、その事を主体的に担うのが「純正社会主義で」ある。それは、明確に旧来の国家機構の解体を唱えている。マルクス主義と同様に北にあっても、事実上の国家はブルジョアジ―(上級国民)に占拠されている抑圧機構としての国家は、原理的・抜本的に革命されねばならない。そして人類は、「個人と社会は同じき者」と云う思想の実現、即ち純正社会主義へと向かっているというのが、北の根本的歴史観である。
北一輝の処女作であると同時に主著である、『国体論及び純正社会主義』は、明治三十九年五月十四日に、発売禁止処分となった。図書の出版許可が内務省から出されてから十日程の後である。幾つかの書店に配布されてから六日しか経っていなかった。この発売禁止処分の主要な理由は、これから問題にしようとする『国体論』にあった。「伏して惟みるに、天皇は民の父母たり民は、其の子女に異ならず。是れ我立国の大体にして、万世不易の格言なり」と。
毛沢東は、「革命とは、『上品で慎ましく渡り合うようなものではない。革命とは暴動であり一つの階級が、他の階級を打ち倒す強烈な行動である』と。」現に死刑を宣告されていた北が、面会に行った奥さんに「仮令、三か月でも良いから、此処を出して呉れたら中国に渡り、蒋介石政権と日本の間の話を付けて来られるのだが、その後で私は戻って来て死刑になるよ。それが出来ないのが心残りである」と、話していたと謂う。又、北が終生悩んだのは、個人の自由と社会主義(国家)、言い換えれば、個と全体との関係の問題である。これを何とか解決する道はないのか。そこで持ち出されて来るのが、ヘッゲルのアメーバ実体であるが、個々の細胞が実体であるか、つまり個々が全体に帰するのか、それとも全体の個に先行するのか、と謂う哲学的な問題であった。北が出した結論は、諸個人は「一個体であると共に、社会と云う一大個体の分子」であると謂う事であった。
天皇への忠諌
「陛下、日本は天皇の独裁国であってはなりません。重臣元老、貴族の独裁国であるも、断じて許せません。明治以降の日本は、天皇を政治的中心とした、一国万民立憲国であります。もっと判り易く申し上げると、天皇を政治的中心とせる、近代的民主国であります。左様であらねばならない国体でありますから、個人の独裁も許しません。然るに天皇を政治的中心とせる元老・重臣・貴族・軍閥・政党・財閥の独裁国ではありませんか。イヤイヤよくよく観察すると、此の特権階級の独裁政治は天皇さへ蔑ろにしているのでありますゾ。陛下何故民をご覧になりませんか。日本の国民の九割は貧苦にしなびて、おくる元気もないのでありますゾ。と、そして『天皇の国民』ではなく『国民の天皇』である」と、したのである。
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