―人類が物心と共に調和の取れた生き方を―

 人類文明は、その姿を東西文明に交互に変え乍ら、その都度再生して、新文明へと発展してゆく故に、東洋文明の夕暮れ時は西洋文明の夜明けの時であり、西洋文明の夕暮れ時は東洋文明の夜明けの時である。即ち、本来人類文明は、その精神面での近代化によって、現在西洋物質文明の支配の結果、心より物に著しく傾斜させられた。人類文明を象徴する、自然対決型・自然支配型・自然破壊型と物質文明と、東洋文明を象徴する、自然共生型・自然順応型・自然親和型の精神文明へと、転換される事によって、物と心の調和を図り、物心と共に豊かな人間価値を創造するような方向へと、進化するものと予想される。それによって新しい未来文明では、現在の「対決と競争」の価値観は「共存と調和」の価値観へと大きく転換されるであろうし、同様に現在の「利潤優先・物質優先」の価値観は「福祉優先・人間性優先」の価値へと大きく転換されるであろう。

 現在、世界を支配する資本主義もマルクス主義も所詮は、「形」のある「物質」を中心とした、西洋人の「有形的な物質文明」の所産に過ぎない。これに対して、来るべき未来の東洋文明は「形」のない「精神」を中心とした「無形的精神文明」へと進化するものと思われる。否、それをも超えて、未来東洋文明はその全体的・総合的思考から、「物と心」「有と無」をも、融合させる方向へと進化するものと、予見する。即ち、未来東洋文明にあっては、現在西洋文明によって、分離遮断されている。科学(物質と対象)と哲学・宗教と芸術(共に精神と対象)を融合して「三位一体化」する方向へと進化するものと思われる。

 因みに「科学」は、宗教や哲学の中に潜む迷信や、非科学性・非宗教性にメスを当てようとするであろうし、「革新」は、そのような科学と哲学と宗教の調和を求めようとして、宗教的には「科学」と「哲学・宗教」と「革新」は、相互にその「三位一体化」を志向するものと思われる。その際、この様な新しい文明を予見するには、何よりも先ず「数学」の果たす役割について、考えてみる必要がある。何故なら数学は哲学就中、自然に関する哲学の関係が深く、宇宙論と結び付いて発達して来たからである。

 因みに、ピュタゴラスやプラトンにとっては、数学は宇宙の神秘を解く手段であった。又コペルニクスやケプラーにとっても、宇宙の謎を解く為の鍵であった。同様に古代東洋に於いて発達した「易」も又、数学による宇宙論であった。この様に近代以前にあっては、数学は宇宙(自然)の神秘を解く手段として、宇宙論(それ故、神秘主義的宇宙観)と深く結び付いた。

 併し、近代以後に於いては、この様な数学と神秘主義的宇宙観との結びつきは、過去のものとなった。何故なら宇宙はその謎が解けない限りに於いて、神秘であるに過ぎず、それが数字で説明されるようにならば、最早神秘の対象ではなくなるからである。事実、近代数学はその神秘な宇宙の謎を解き明かした。実際に宇宙を操作する事を可能とし、宇宙から神秘のベールを引き剝がすことになった。重ねて言えば、数学が幾何学思考(右脳型思考)から代数的思考(左脳型思考)へと、変化する事に依って、神秘的な宇宙観が現実的な宇宙観へと変化した為、宇宙の神秘が消えた為にそれが科学(なかんずく工業技術)と結び付き、「神なき科学」による自然支配が地球を覆い、多くは自然破壊を招くことになったと謂う事である。

 周知のように、ヨーロッパの近代化は、宗教と科学の激しい対決から幕を開けた。フランス・ベーコンは「科学は怠惰な精神性を放棄せよ」と云い。以後西洋では、宗教と科学を切り離し、お互いに「不可侵の原則」の下に発展して来た。その為現代人は、神から遠く離れた存在となり、神なき科学が地球を支配し、自然破壊に依る地球の病と精神破壊に依る人心の病を激発させ、遂に現代文明の危機が叫ばれるようになって来た。この事は宗教と科学との関わり合い方の如何による危険性を、中世とは逆の面で示唆している様に見なされる。

 それに、大きな力を貸したのが数学である。数学ほど普遍的で客観的な知はないからである。近代西洋文明は、此の数学の左脳的知と自然の解明(その結果として自然の支配)に向いたが為に、驚異的な物質的成果を挙げ得たがその代わり、右脳的知を軽視して「質」を失い、地球の危機と精神の危機を齎らす事になった。即ち近代文明は、自然と右脳型の東洋文明を圧倒・支配したばかりか、東洋をして「東洋的沈滞」とまで呼ばしめるに至った。その結果、東西文明の二極対立が崩れて、西洋文明による人類文明の崩壊・同質化、それ故、三極対立型周期交代の宇宙法則の無視による、人類文明の消滅の危機が迫って来た。

 此処に、人類文明の危機を回避する為の「新しい知」が求められる所以がある。そして、その様な新しい知の動向は、数学をして「形」の認知の動向は、数学をして「形」の認知(例えば)「生物は皆目が二つ、口は一つなのだろうか」など、という観点から再び哲学と結び付けて、宇宙(自然)の神秘を解く、右脳型数学の方向へ発展させつゝある。この事は、人類が物心と共に調和のとれた生き方を回復するには、宇宙の神秘を解き明かさねばならない事を示唆している。即ちそれは、人類が物心と共に調和のとれた生き方をするには「理性」と「理性以外のもの」との調和を図らなければならない事を示唆している。何故なら、宇宙(自然)そのものが「見える宇宙」(理性で判断できない宇宙)の二極から成っており、而も、この両面を持った「一つの統合体」が宇宙そのものであるからである。

 新しい知の動向は、数学をしてこの両者の融合を、迫らそうとしているという事は、「記号」とは、その「形」が示す「意味」を表す符号であるから、その形の認知を数学が再び新しい観点から対象することは、形のもつ「質」の認識を対象することを意味しており、それは数学や宗教(孰れにしても右脳型思考)と結び付くばかりか、記号の使用形式(文字のメカニズム)として、論理(左脳型思考)との結び付きとも通じて、「新しい文明」を生む可能性を示唆しているからである。

 最近になって「生物の形」の意味の追求(生物は、何故この様な形をとるのかの研究)という面で自然学と結びつけた。この切っ掛けを作ったのが、カタストロフィの理論の発明者で有名なルネ・トムである。そして、この様な数字が生命科学と結び付く事は、数学が自然科学に止まらず、生命や心の問題、それ故この様な「新しい知」よって、新しい人類文明は『科学と哲学・宗教と芸術』の三位一体化を指向すべきであるとする。

 このような、科学と哲学・宗教と芸術の三位一体化の理論的根拠は、「記号」の面にも求めることが出来る。即ち宗教では、木や山などの「形ある自然」それ故「見える世界」を通じて、神に近づこうとする等がそれである。その際見える世界を通じて、見ることの出来ない「霊的な世界」に近づこうとする。因みに、神木や神山を通して神に近づこうとする等がそれである。その見える世界と見えない橋渡しをするのが、「象徴」(シンボル)と云われている。

 今、一定の合意に基づいて、その意味が共通に理解される客観的な記号、特に「指標」の代表的なモノとされている。故に指標の場には個人の主題に依って、記号の意味を解釈してはならない事になる。これに対して「象徴」の場合には、その表現された形(形は一種の記号である)を通じて、主観の想像力でその意味を解釈する事になる。故に哲学や宗教や芸術の表現形態は、将に、象徴の代表的なものとされている。

 「指標に於ける記号の意味」を探るのが科学であり、「象徴に於ける記号の意味」を探るのが、哲学や宗教や芸術という事になろう。それ故「記号」を巡って「科学」と「哲学・宗教」と「芸術」が一つに結ばれ、「三位一体化」する可能性を此処に存在する事になる。つまり、科学的な知は指標を通じて見える宇宙・(物理的自然)を問い、哲学・宗教、芸術的な知は、象徴を通して見えない宇宙(たましい=魂・霊)を問う事になり、これらの知が同じく人間の知として、記号(指標も象徴も共に記号)によって結び付く処に、嘗て激しく戦ってきた科学と哲学、宗教と芸術を三位一体化しうる、理論的根拠を見出すことが出来る。

 即ち、指標としての記号を通じて、「物質的自然の神秘」を解明しようとする哲学・宗教・芸術とか一つに結ばれ新しい知(文明)が開かれるという事である。とすれば、右脳的機能の一部が左脳的機能に含まれ、その「左右脳の回路」が、現に完成している日本人こそは科学と哲学・宗教と芸術とを三位一体化し、物質と精神の違いを超えた高次元の新しい文明を創造するのに、再適格者という事になるのではなかろうか。

 フランスの知識人の間では、今尚、科学と精神領域(宗教)との関係について語ることは、タブー視されていると云うが、そのフランス人から「日本人は科学技術を十分に管理しつゝ、その精神的伝統との調和共存の道を歩んでいる」と評価されたのも、この面での日本人の能力(これまで西洋人からは「あいまい」と軽視されて来た能力で、日本人のこの「あいまいさ」こそが逆に日本人の「天性」であろうと考える。より具体的に言えば、科学と宗教と日本文明論を見れば、日本文明は古くは中国及び韓国の文明を、近くはヨーロッパ・アメリカの文明を夫々輸入し、それを基にして日本特有の文明を創り出して来た。併し、之から日本は真似るべき日本が無い。今や日本は世界文明の〝先頭〟に立たされたのである。故にこれからの日本は、新しい世界観、新しい政治経済観、新しい科学観、新しい宗教観・哲学観など総じて、新しい文明観に立って、独自の力で「新しい文明」を創造して行かねばならない。

(43 43' 23)

國乃礎 鹿児島県総連合会

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